☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その9」☆短編☆

数日後。
影山 アカリは混乱していた。
原因は一通のメッセージだ。送り主はクラン。殺しの依頼だ。
アカリは少なくとも5年以上殺しの依頼を請け負ったベテランだ。並大抵のことでは動揺しないし、殺した相手のことなぞ直ぐに忘れる。そもそも端っから興味を持たないように『教育』されているからだ。名前が忘れやすいのはその弊害だった。
ならば何故混乱するまでに至ったのか。
それは殺す相手に問題があった。

 

《陽ノ下 アキト 3日以内 Kill》

 

内容は言わずもがなだ。あのアキトを殺せと上は命じているのだ。
でも何故?
何故、今なのだろうか。
もしかしたら以前のやり取りを監視されていて、ニンジャの名を知ってしまったが故に消さなければならないと判断されたから。なんてことすら思い浮かんでしまう。
アカリは混乱していた。
それは3日ギリギリまで続くのだった。

☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その8」☆短編☆


「そうだ、アイサツがまだだったな。俺の名は陽ノ下 アキト。お前は?」

徐に攻撃を止めたアキトと名乗る男。だが、アカリにとってその名は聞いてはならないものだった。
「えっ」と再び思わず声が出る。
アカリはその名前をよく知っている。遥か昔の出来事だ。今は離れ離れとなってしまったが、幼少の頃からずっと一緒だった幼馴染もその名前だった。
それだけならまだいい。同姓同名は確率は低くともあり得るからだ。
だが。
眼前の彼は、よく知る彼の面影が大きく残っていた。
そしてその動揺は現在の関係性において致命的な隙でしかなかった。
「隙だらけだッ!!」
容赦のない飛ぶ斬撃。その狙いは首。アカリはとっさにクナイで相殺するが、少し遅かったのか、余波で自身のフードが脱げ、アカリの素顔を見せることになった。
「………アカリ」
「ん?」
「私の名前よ」
「あぁそうかい」
「聞き覚えは?」
何故、男ーーーアキトと名乗るサムライのアイサツに応じたのだろうか。サムライが名乗るのは当然として、ニンジャが名乗る義理はない。
もしかしたらアカリは何かを期待していたのかもしれない。
「………! おいまさかアンタ」
アキトは何やら動揺し、一瞬の隙を生んでしまう。
今度はこちらの番とばかりに、アカリは光学グレネードを床に投げた。その反応を片目で見ながら。
破裂。そして閃光。
その威力は人外じみた身体能力を持ったサムライですら、思わず目を瞑るほどだ。
グレネードの効果が切れると、アキトは部屋を隈なく見渡す。
そこにアカリの姿は、もちろんない。
「………あのじゃじゃ馬が、なぁ」
その声は、やけに明瞭に響いた。

☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その7」☆短編☆


「…………帰ろう」
「何処へ?」
「!!」
気を緩めていたのか、ふと言葉を発してしまう彼女。シルエットで分かりにくいが、声が決定的に女のものだった。そう、かのニンジャはアカリなのだ。
そして相対するはシャープなデザインの青いジンベイに身を包んだ男。腰の左側には一本のカタナを携えているが、右手はだるそうにぶらぶらさせている。間違いなく彼はサムライだった。
「………お前がやったのは間違いない。断言してやる。見事な暗殺術だ、ガバナーの首の綺麗な断面を見ればわかる。

………んで、聞くがよ。どこへ帰るって?」

ビュッ、と空気を裂く異音の後、アカリのすぐ側にあるテーブルが真っ二つに割れた。
男は右手をぶらぶらさせたままだ。しかし、あまりに高速すぎて、常人ならば視認できない速度でカタナを振っていた。居合だ。
だがそれにアカリが動じることはなかった。アカリには今のが威嚇であると分かっていたからだ。更にアカリは既に戦闘体勢に入っており、男の隙を狙っていた。
「あくまでだんまりか。ハナから期待してるわけじゃないけどな」
暫しの沈黙。それを破ったのは男の方だった。
「じゃ〜ーあ、強制的に聞くしかないか」
刹那。
数え切れないほどの殺人剣と必殺のクナイが飛び交った。
カキン、カキンと古典で語られるチャンバラのような生温いものではなく、まるで1つの大砲、いや、ミサイルが着弾したかのような衝撃。そしてマシンガンでオーケストラを作るような勢いの連射音。轟音。
それらは音圧だけで充分人や物を殺すに値する凶器となった。
音圧で通常の30倍の耐久ガラスをぶち破り、爆風だけで部屋のインテリアは一掃され、機密書類や重要な文献の冊子、観葉植物、賞状や肖像画といった物ものは全て破壊された。
これが人知を超えた生命体。
ヒトの進化種。
ニンジャとサムライの対決である。

☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その6」☆短編☆


「ハァッ!!」

 

スパァーン!!と小気味良い音を響かせながら、突如として何者かが天井裏から現れた。
金丸 キンジの嫌な予感は当たる。
だが1度取れた首は2度と元の位置に収まることはない。
「グッ………カハッ……」
そのありふれた焦げ茶色の瞳に最後に映ったのは、シルエットが分からないようになった黒衣の人物。
噂には聞いたことのある存在。
闇に紛れ、人目を欺き、瞬く間に人を殺す、残忍極まりない存在。
まさしくニンジャだ。
それを認識した瞬間、彼の意識は泡沫となって消えた。

☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その5」☆短編☆

トーキョーメガロポリスのガバナー、金丸 キンジは時代錯誤を疑うほど清廉潔白だ。数少なくなった現実を直視する人々の支持を得、ヤクザやその他威力勢力を縛る法律を作ろうと東奔西走、活躍は目覚しい。
そんな彼は最近妙に胸騒ぎがしていた。
(気圧が低いのか……? いや、違うな)
彼の嫌な予感は当たる。
それは彼の幼少の頃に迫ることになる。殺伐、混沌とした現世において政治家はより精神を擦り減らして生きている。キンジの父もまたガバナーであり、辛辣な扱いや罵倒をニュースや街頭で小耳にはさむことがあった。それ故、キンジはガバナーを目指す頃からあらゆる機微に敏感だった。
彼は徐に椅子から立ち上がり、自室の窓に目をやる。
外に見えるはザ・マルノウチのトチョー・ハイスクレイパーから望む一億の絶景であるが、彼には怪しく光る獣の眼光のような不穏な光景にしか見えなかった。

☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その4」☆短編☆

アカリは徐にスマホを起動した。謎のルートで届けられるダイレクトメッセージを読むためだ。
連日連夜仕事があるわけではないが、こうして定期的に確認するのは誰しもの必須スキルだ。
(来てる………。)
今回はどうやらメッセージが来ていたようで、そのまま流れで見て行く。
するとアカリにとってはいつものことだが、極短文の指示がそこにあった。
実際のメッセージはこれだ。
《現ガバナー、明後日、NoKNoL》
アカリはすっとスマホをしまう。その速度は人の域では視認できるかも怪しい。
(…………久々の大物かぁ。)
メッセージの内容は、ターゲット、日付、そして仕事の内容だ。今回は仕事の内容の部分がNoKNoL。これはNo KILL No LIVEの略語であり、端的に言えば殺しの依頼だ。しかも手段の記述が見られないので、これは殺すのに手段を問わないという、依頼側の強い意思が見られる。
失敗は、死に直結している。
(まぁ…………いつも通りか)
アカリは既に、覚悟ができていた。

☆作品投稿☆「サツバツナイトガスライト(上)その3」☆短編☆

アカリは人目の多い場所を避ける傾向にある。それはアカリの本来の職業に起因する。
彼女は普通の女子高生ではない。
むしろ公共の場に存在することそのものが不自然な存在であった。
彼女は、クランと呼ばれる組織の、名前も顔も声も知らない上層部から血生臭い依頼を受ける職業に就いている。仕事の2割が諜報、残りは殺人。そして彼女は依頼を一度もミスしたことがない。そう、彼女は腕利きのアサシンなのである。
そして、何事もなかったように日常を享受し人目を欺き、忍ぶ。
かの存在を、その界隈では大昔に存在した職業と重ねてこう呼ぶ。
ニンジャ、と。
さらに、ニンジャの中では一際強い勢力を持っているサクラニンジャ・クランに所属する強者だ。